然として照つて居た。山が高いので、光りのあたるものが少かつた。山を照らし、谷を輝かして、剰る光りは、又空に跳ね返つて、残る隅々までも、鮮やかにうつし出した。
足もとには、沢山の峰があつた。黒ずんで見える峰々が入りくみ、絡みあつて、深々と畝つてゐる。其が見えたり隠れたりするのは、この夜更けになつて、俄かに出て来た霞の所為《せゐ》だ。其が又、此冴え/\とした月夜を、ほつとり[#「ほつとり」に傍点]と暖かく感じさせて居る。
端山《はやま》の広い群《むらが》りの先《さき》は、白い砂の光る河原だ。目の下遠く続いた輝く大佩帯《おほおび》は、石川である。その南北に渉つてゐる長い光りの筋が、北の端で急に拡つて見えるのは、凡河内《おほしかふち》の邑のあたりであらう。其へ、山国を出たばかりの堅塩《かたしほ》川―大和川―が行きあつて居るのだ。そこから、乾《いぬゐ》の方へ、光りを照り返す平面が、幾つも列つて見えるのは、日下江《くさかえ》・難波江《なにはえ》などの水面であらう。
寂かな夜である。やがて鶏鳴近い山の姿は、一様に露に濡れたやうに、しつとりとして静まつて居る。谷にちら/\する雪のやうな輝きは、目の下の
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