為に蠢いた。自然に、ほんの偶然強ばつたまゝの膝が、折り屈められた。だが、依然として――常闇。
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をゝさうだ。伊勢の国に居られる貴い巫女《みこ》――おれの姉|御《ご》。あの人がおれを呼び活けに来てゐる。
姉御。こゝだ。でも、おまへさまは、尊い御《おん》神に仕へてゐる人だ。おれのからだに触《さは》つてはならない。そこに居るんだ。ぢつとそこに蹈み止《とま》つて居るものだ。――あゝおれは死んでゐる。
死んだ。殺されたのだ。忘れて居た。さうだ。此は、おれの墓だ。
いけない。そこを開けては。塚の通ひ路の扉をこじるのはおよし。……よせ。よさないか。姉の馬鹿。
なあんだ。誰も来ては居なかつたのだな。あゝよかつた。おれのからだが、天日《てんぴ》に暴《さら》されて、見る/\腐るとこだつた。だが、をかしいぞ。あれは昔だ。あのこじあける音がしたのも、昔だ。姉御の声で、塚道の扉を叩きながら、言つて居たのも今《いんま》の事――ではなかつたのだ。昔だ。おれのこゝへ来て間もないことだつた。
おれは其時知つた。十月だつたから鴨が鳴いて居たのだ。其鴨のやうに首を捻ぢちぎられて、何もわからぬものになつ
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