ち遊した右の方が、愈|池上《いけがみ》の草の上で、お死になされると言ふことを聞いて、一目見てなごり惜しみがしたくてこらへられなくなりました。藤原から池上まで、おひろひでお出でになりました。小高い紫の一むらある中から、御様子を窺うて帰らうとなさいました。其時ちらりと、かのお人の最期に近いお目に止りました。其ひと目が、此世に残る執心となつたので御座りまする。
[#ここから2字下げ]
もゝつたふ 磐余《いはれ》ノ池に鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ
[#ここから1字下げ]
この思ひがけない心残りを、お詠みになつた歌だと、私ども当麻《たぎま》の語部では、伝へて居ります。その耳面刀自と申すのは、淡海公の妹君、姫様方の祖父《おほぢ》君|南家《なんけ》太政《だいじやう》大臣には、叔母様にお当りになつてゞ御座りまする。人間の執念と言ふものは怖いものとは思ひになりませんか。
其亡き骸は、大和の国を守らせよと言ふ御諚で、此山の上、河内から来る当麻路《たぎまぢ》の脇にお埋けになりました。其が何《なん》と此世の悪心も何もかも忘れ果てゝ清々《すが/\》しい心になりながら、唯そればかり一念となつて、残つて居る
前へ
次へ
全148ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング