と申します。藤原四流の中で、一番美しい郎女が、今におき耳面刀自と、其|幽界《かくりよ》の目には見えるらしいので御座りまする。女盛りをまだ婿どりなさらぬさうなあなた様が、其力におびかれてお出でになるのでなうて何で御座りませう。
当麻路に墓を造りました当時、石を搬ぶ若い衆にのり移つた霊が、あの長歌を謳うたのだと伝へて居ります。はい。
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当麻語部媼《たぎまのかたりのおむな》は、南家の郎女が脅える様を想像して咄して居たのかも知れない。唯さへこの深夜、場所も場所である。如何に止めどなくなるのが、「ひとり語り」の癖とは言へ、語部の古婆《ふるばゝ》の心は、自身も思はぬ意地くね悪さを蔵してゐるものである。此が、神さびた職を寂しく守つて居る者の優越感にもなるのであつた。
大貴族の郎女は、人の語を疑ふことは教へられて居なかつた。そこへ、信じなければならぬものとせられて居た語部の物語である。詞の端々までも、真実なものと感じて聴いて居た。
さう言ふ昔びとの宿執《しゆくしう》が、かうして自分を導いて来たことは、まことに違ひないであらう。其うしても、つひしか[#「つひしか」に傍点]見ぬお姿
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