た竪薦《たつごも》が、幾枚も/\ちぐはぐに重つて居て、どうやら、風は防ぐやうになつて居る。その壁代に張りついたやうになつて居る女、先から※[#「亥+欠」、第3水準1−86−30]嗽《しはぶき》一つせぬ静けさである。
貴族の家の郎女は、一日もの言はずとも、寂しいとも思はぬ習慣がついて居た。其で、山陰の一つ家に居ても、溜め息一つ洩すのではなかつた。さつき此処へ送りこまれた時、一人の姥のついて来たことは知つて居た。だが、あまり長く音も立たなかつたので、人の居ることは忘れて居た。今ふつと明るくなつた御燈の色で、その姥の姿から顔まで一目で見た。何やら覚えのある人の気がする。さすがに、姫も人懐しかつた。ようべ家を出てから、女性《によしやう》には、一人も逢つて居ない。今そこに居る姥《うば》が、何だか、昔の知り人のやうに感ぜられるのも、無理はないのである。見覚えのあるやうに感じたのは、だが其親しみからばかりではなかつた。
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お姫さま。
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緘黙《しゞま》を破つて、却てもの寂しい乾声《からごゑ》が響いた。
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あなたは、御存じあるまい。でも
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