浄域だけに、一時に塔頭々々《たつちう/\》の人々が、青くなつたのも道理である。此は、財物を施入すると謂つてだけではすまされない。長期の物忌みを、寺近くに居て果させねばならないと思つた。其で、今日昼の程、奈良へ向けて早使《はやづか》ひを出して、郎女《いらつめ》の姿が、寺中で見出された顛末を、仔細に告げてやつたのである。
其と共に、姫の身、は此庵室に暫らく留め置かるゝことになつた。たとえ、都からの迎へが来ても、結界を越えた贖ひだけは、こゝに居てさせようと言ふのである。
床は低いけれども、かいてあるにはあつた。其替り、天井は無上に高くて、而も萱のそゝけた屋根は、破風から、むき出しに空の星が見えた。風が唸つて過ぎたかと思ふと、其高い隙から、どつと吹き込んで来た。ばら/\落ちかゝるのは、煤がこぼれるのだらう。明王の前の灯が一時《いつとき》、かつと明くなつた。
その光りで照し出されたのは、あさましく荒んだ座敷だけではなかつた。荒板の床の上に、薦筵《こもむしろ》二枚重ねた姫の座席、其に向つてずつと離れた壁に、板敷に直に坐つて居る老婆が居た。
壁と言ふよりは、壁代《かべしろ》であつた。天井から吊りさげ
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