は、童女《わらはめ》として初《はつ》の殿上《でんじやう》をした。穆々《ぼく/\》たる宮の内の明りは、ほのかな香気を含んで流れて居た。昼すら真夜に等しい御帳台《みちやうだい》のあたりにも、尊いみ声は昭々と珠を揺る如く響いた。物わきまへもない筈の八歳の童女は感泣した。
「南家には、惜しい子が、娘となつて生れたことよ」と仰せられたと言ふ畏れ多い風聞が、暫らく貴族たちの間にくり返された。
其後十二年、南家の娘は二十になつてゐる。幼いからの聡《さと》さにかはりはなくて、玉|水精《すゐしやう》の美しさが加つて来たとの噂が年一年と高まつて来る。
姫は大門の閾を越えながら、童女殿上《わらはめでんじやう》の昔の畏《かしこ》さを追想して居た。長いいしき[#「いしき」に傍点]道を踏んで、二の門に届いた時も、誰一人出あふ者がなかつた。恐れを知らず育てられた大貴族の郎女は、虔《つゝま》しく併しのどかに、御堂々々の御仏を礼んで、東塔の岡に来たのであつた。
こゝからは、北の平野は見えない。見えたところで、郎女は奈良の家を考へ浮べることもしなかつたであらう。まして、家人たちが、神隠しに遭つた姫を探しあぐねて居ようなど
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