ゝは、思ひもよらなかつたのである。唯うつとりと、塔の下から仰ぎ見る二上山の山肌に、現《うつ》し世《よ》の目からは見えぬ姿を見ようとして居るのであらう。
此時分になつて、寺では、人の動きが繁くなり出した。晨朝の勤めをすまして、うと/\して居た僧たちも、爽やかな朝の眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]いて、食堂へ降りて行つた。奴娘《ぬひ》は其に持ち場/\の掃除を励む為に、洗つたやうになつた境内に出て来た。
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そこに御座るのは、どなたやな
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岡の蔭から、恐る/\頭をさし出して問うた一人の婢子《めやつこ》は、あるべからざる事を見た様に、自分自身を咎めるやうな声をかけた。女の身として、此岡へ上る事は出来なかつたのである。姫は答へようとせなかつた。又答へようとしても、かう言ふ時に使ふ語には馴れて居ない人であつた。若し又、適当な語を知つて居たにしたところで、今は、そんな事に考へを紊されてはならない時だつたのである。
姫は唯、山を見てゐる。山の底にある俤を観じ入つてゐるのである。
娘奴《めやつこ》は二|言《こと》と問ひかけなかつた。一晩のさすらひ
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