さのおも》の計ひで、長老《おとな》は渋々、奈良へ向いて出かけた。
翌くる日、彩色の届けられた時、姫の声ははなやいで、昂奮《はやり》かに響いた。
女たちの噂した袈裟で謂へば、五十条の袈裟とも言ふべき、藕絲《ぐうし》の錦の上に、郎女の目はぢつと据つて居た。やがて、筆は愉しげにとり上げられた。線描《すみが》きなしに、うちつけに彩色《ゑのぐ》を塗り進めた。美しい彩画《たみゑ》は、七色八色の虹のやうに、郎女の目の前に輝き増して行く。
姫は、緑青を盛つて、層々うち重る楼閣伽藍の屋根を表した。数多い柱や廊の立ち続く姿が、目赫《めかゝや》くばかり朱で彩《た》みあげられた。むら/\と、靉くものは紺青《こんじやう》の雲である。紫雲は一筋長くたなびいて、中央根本堂とも見える屋の前に画《か》きおろされた。雲の上には、金泥《こんでい》の光り輝く靄が、漂ひはじめた。姫の命を失ふまでの念力が、筆のまゝに動いて居る。やがて、金色《こんじき》の気は、次第に凝り成して、照り充ちた色《しき》身――現《うつ》し世の人とも見えぬ尊い姿が顕れた。
郎女は唯、先《さき》の日見た、万法蔵院の夕《ゆふべ》の幻を筆に追うて居たばかりであ
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