る。堂・塔・伽藍すべては、当麻のみ寺のありの姿であつた。だが、彩画《たみゑ》の上に湧き上つた宮殿《くうでん》楼閣は、兜率天宮《とうそつてんぐう》のたゝずまひさながらであつた。併しながら四十九重《しじふくぢう》の宝宮の内院《ないゐん》に現れた尊者の相好《さうがう》は、あの夕、近々と目に見た俤びとの姿を、心に覓《と》めて描き現したばかりであつた。
刀自若人たちは、一刻二刻時の移るのも知らず、身ゆるぎもせずに、姫の前に開かれて来る光りの霞を、唯見呆けて居るばかりであつた。
郎女が、筆を措いて、にこやかな笑《ゑま》ひを蹲踞するこの人々の背にかけ乍ら、のどかに併し、音もなく、山田の廬堂を立ち去つたのに、心づく者は一人もなかつたのである。
姫の俤びとの衣に描いた絵様《ゑやう》は、そのまゝ曼陀羅の形を具へて居たにしても、姫はその中に、唯一人の色身の幻を画いたに過ぎなかつた。併し、残された刀自若人たちがうち瞻る画面には、見る/\、数千|地涌《ぢゆ》の菩薩の姿が浮き出て来た。其は、幾人の人々が同時に見た、白日夢のたぐひかも知れない。
底本:「初稿・死者の書」国書刊行会
2004(平成16)
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