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ぢやがどうも、お聴き及びのことゝ思ふが、家出の前まで、阿弥陀経の千部写経をして居たと言ふし、楽毅論から、兄の殿の書いた元興寺縁起も、其前に手習したらしいし、まだ/\孝経なども、習うたと見えるし、なか/\の女博士《をなごはかせ》での。楚辞や小説にうき身をやつす身や、お身は近よれぬはなう。――どうして其だけの女子《をみなご》が、神隠しなどに逢はうかい。
第一、場処が当麻で見つかつたと言ひますからの――。
併し其は、藤原に全く縁のない処でもない。天[#(ノ)]二上の寿詞《よごと》もある処だが……。斎《いつ》き姫《ひめ》もいや、人の妻と呼ばれるのもいや――で、尼になる気を起したのでないかと思ひ当ると、もう不安で不安でなう。のどかな気持ちばかりでも居られぬは――。
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仲麻呂の眉は集つて来て、皺一つよらない美しい、この中老の貴人《あてびと》の顔も、思ひなしくすんで見えた。
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何しろ、嫋女《ひわやめ》は、国の宝ぢやでなう。出来ることなら、人の物にはせず、神の物にしたいところよ。――ところが、人間の高望《たかのぞ》みは、さうばかり
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