らう。本貫を離れない事の苦しみは、まだ此ばかりではなかつた。
村々の部曲の中で、保護者を失つても、自活の出来るのは、主として手職をうけ襲《つ》いだ家である。其以外の者のみじめさは、察しるに十分だ。時勢と保護とから第一にふり落されるのは、神人階級の部曲である。
亡命を、一二人又は一家の上にばかりある事と考へるのは、近世の事情に馴れ過ぎたのだ。戦国以前までは、尠くとも新知を開発する為に、と言ふ名で、沢山の家族団体を引き連れて数百里離れた地へ、本貫を棄てゝ移つた家々は、数へきれない。信仰の代りに、武力を携へて歩いたうかれびと[#「うかれびと」に傍線]に過ぎないのである。此新うかれびと[#「うかれびと」に傍線]は庸兵軍として、道々の豪族に手を貸しもした。運よく行つたのは大名となり、あまり伸びなかつた者は、豪族の下に客人格の御家人となり、又非御家人・郷士と窄まつて了うたりした。我国の戸籍の歴史の上で、今一度考へ直さねばならぬのは、団体亡命に関する件である。住みよい処を求める旅から、終には旅其事に生活の方便が開けて来て、巡遊が一つの生活様式となつて了ふ。彼等の持つて居る信仰が力を失うても、更に芸能
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