れば、あるべき事である。事実又、其痕跡は段々述べて行くが、確かに残つてゐる。
わりに完全な物語と、物語の断篇とが、或村から離れて他の所へ持廻られる。すると、其処に起るのは、物語の交換と、撒布とである。更に見逃されないのは、文学的な衝動を一度も起さなかつた人々の心の上に、新しい刺戟が生じたことである。記・紀・万葉・風土記の上に、一つの伝説の分岐したものや、数種の説話の上に類型の見つかる事が、沢山にある。此を単純に解決して、同じ民間伝承を飜訳した神話・伝説が、似よりを見せるのは当然だとばかりは、考へられなくなつた。尠くとも、奈良朝以前から既に、巡遊伶人があつた事情から見ても、一層強い原動力を此処に考へないのは、嘘である。


   叙事詩の撒布

     一 うかれびと

語部《カタリベ》の生活を話す前に寿詞《ヨゴト》の末、語部の物語との交渉の深まつて来た時代のほかひ[#「ほかひ」に傍線]の様子を述べなければならなくなつた。此については、既に書いた概説とも言ふべきものによつて、一つの予備をつくつて頂けて居る事と思ふから、後前御免を願うて、ほかひ[#「ほかひ」に傍線]が叙事詩化して行つた経
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