口授の最初の神か、呪言の上に屡《しばしば》現れて来る神、即ある呪言の威力の神格化、かうした事も思はれる。
亀卜の神にして、壱岐の海部《アマ》の卜部《ウラベ》の祀つた亀津比女が何故祝詞と関係をもつかと言ふ問ひは、祝詞と占ひとの交渉の説明を求めることになる。三種祝詞ばかりでなく、寿詞・祝詞には、占ひと関聯する事が多い様である。酒ほかひ[#「酒ほかひ」に傍線]の如きも、占ひに属する側が多かつた。神の示す「ほ」は譬喩表現である。ある物の現状を以て、他の物の運命を此とほりと保証する事がほぐ[#「ほぐ」に傍線]の原義であつて見れば、人は「ほ」の出来る限り好もしい現れを希ふ。祈願には必、どうなるかと言ふ問ひを伴ふ。祝師(のりとし)の職掌が、奇術めいた呪師(のろんじ)を生んだと言ふ推定を、私は持つて居る。奇術は、占ひの芸道化したものなのである。
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この玉串をさし立てゝ、夕日より朝日照るに至るまで、天つのりとの太のりと言をもて宣《ノ》れ。かくのらば、占象《マチ》は、わかひるに、ゆつ篁出でむ。其下より天《アメ》の八井《ヤヰ》出でむ。……(中臣寿詞)
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かうして
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