男の態、呪師・田楽側の奇術や、器楽もあれば、狂言があり、散楽伝来の演劇がゝつたものもあり、同じ筋の軽業の類もある。又盲僧・瞽女《ごぜ》の芸、性欲の殊に穢い方面を誇張した「身ぶり芸」も行はれた事が知れる。尤《もつとも》、まじめな曲舞なども交つてゐたに違ひない。
此が、田遊び・踊躍《ユヤク》念仏を除いた田楽の全内容にもなつた。今、能楽と言ふ猿楽も、初めはやはり、此であつたであらう。田楽が武家の愛護を受けてから、曲舞に近づいて行つたと同じく、猿楽も肝腎の狂言は客位に置く様になつて、能芸即神事舞踊に演劇要素を多くした。声楽方面には、曲舞・田楽・反閇《ヘンバイ》などの及ばぬ境地を拓いた。取材は改り、曲目も抜群に増加し、詞章はとりわけ当代の美を極めた。そして、室町将軍の擁護を受ける様になつてからは、愈向上した。けれども、元は唱門師《シヨモジン》同様の祝言もする賤民の一種であつて、将軍の恩顧を得たのも、容色を表とする芸奴であつたからである。
幸若太夫が「日本記」と称する神代語りを主とするのは、反閇《ヘンバイ》の謂はれを説くためである。田楽法師の「中門口《チユウモングチ》」を大事とするのは、神来臨して
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