。かうした説経には、短篇と中篇とがあつて、長篇はなかつた。処が、中篇或は短篇の形式でありながら、長篇式の内容を備へたもの――源氏・平家の両物語は姑《しばら》く措いて――が出来た。其は安居院《アグヰ》(聖覚)作を伝へる「神道集」である。神道と言ふ語は、仏家から出た用語例が、正確に初めらしい。日本の神に関した古伝承をとつて、現世の苦患は、やがて当来の福因になる、と言ふ立場にあるもので、短篇ながら、皆ある人生を思はせる様な書き方のものが多い。巧みな作者とは言へぬが、深い憂ひと慰めとに満ちた書き方である。此は、聖覚作とは言ひにくいとしても、変改記録せられたのは、後小松院の頃だらう。さうして此が説経として、口に上つてゐたのは、もつと早かつたらうと思はれる。
説経はある処まで、白拍子と一つ道を歩んで来た。其間に、早く芸化し、舞踊をとり入れた曲舞・白拍子・延年舞は、実は、皆曲舞の分派である。白拍子・歌論義、其等から科白劇化した連事、其更に発達したのが宴曲である。説経は次第に、かうした声楽をとり込んで来た。
唱導を説経から仮りに区別をすれば、講式の一部分が独立して、其平易化した形をとるものが唱導であつ
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