には、円光大師直門の重要な一人とせられて居る。此人は叡山流の説経伝統から見て大切な人だ。父はやはり説経の中興と言はれた程の澄憲《テウケン》(同じく安居院の法印)であり、信西入道には孫である。澄憲は其兄弟中に四人まで、平家物語の作者だと言はれる人を持つてゐる。さうして桜の命乞ひをした話や、鸚鵡返しの歌で名高い桜町中納言も、其兄弟の一人である。
私は経を読み、又説経する時に、琵琶を使うたのが平安朝の琵琶法師だと考へてゐる。平家物語の弾かれたのが、琵琶の叙事詩脈の伴奏に使はれた初めだとは思はない。其以前に「経を弾いた」事があつたと認められる。澄憲の説経には、歌論義・問答・頓作めいた処が讃へられた様に思はれる。平家物語もある点から見れば、説経である。其上、目前平家の亡んだ様子が、如何にも唱導の題材である。私は源氏物語の作為の動機にも、可なりの分量の唱導意識がある、と考へてゐるのである。
説経の材料は、既に「三宝絵詞」があり、今昔物語があつた。此等は、唱導の目的で集められた逸話集と見るべき処が多い。古くは霊異記、新しくは宝物集・撰集抄・沙石集などの逸話集は、やはり、かうした方面からも見ねばならぬ
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