て、法会・供養の際に多く行はれる様になつて居たらしい。其法養の趣旨を述べるのが表白《ヘウビヤク》である。此も唱導と言ふが、中心は此処にない。唯、表白は祭文化、宴曲化し、美辞や警句を陳《つら》ねるので、会衆に喜ばれた。今日の法養の目的によく似た事実を、天・震・日の三国に亘つて演説する。此が、読誦した経の衍儀《えんぎ》でもあり、其経の功徳に与らせる事にもなるのである。唱導の狭義の用例である。其上で形式的に、論義が行はれ、口語で問答もする。
室町以後の説経になると、題材が段々日本化し、国民情趣に叶ひ易くなつたと共に、演説種目が固定して、数が減つて行つた。講座の説経のみならず、祭会に利用せられて、仏神・社寺の本地や縁起を語る事に、讃歎の意義が出て来た。家々で行ふ時は、神寄せ・死霊の形にもなつて来た。此意味の説経は、其物語の部分だけを言ふのである。
琵琶法師にも、平安末からは、言ほぎ[#「言ほぎ」に傍線]や祓への職分が展《ひら》けて来た痕が見える。又寺の講師の説経の物語の部分を流用して、民間に唱導詞章を伝へ、又平易な経や偽経を弾くやうになつた。説経の芸術化は、琵琶法師より始まる。其為、後には寺の
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