に、尠くとも此幾倍かの演芸種目を携へて、琉球まで来たものがあつたのだ。江戸の初期を降らない頃から、或はもつと早くに渡つて居たであらうと考へられる。沖縄の伝説中に、内地の物語と暗合の余り甚しいものゝあるのは、浄土説経の諷誦から来たものだと言ふ事が知れる。尤、袋中《タイチユウ》和尚其他相当な島渡りの浄土僧からも伝へられたらうと言ふ事も考へられないでもない。
念仏聖の中にも、名は念仏を称しても、既に田楽・猿楽の如く、遊芸化した団体を組んだ者もゐたのである。即、たゞの念仏の外に、念仏興行を頼まれゝば、出向いて盂蘭盆・鎮魂・鎮花其他の行儀を行ふ上に、演劇・偶人劇・舞踊・諷誦等雑多の演芸種目を演じる者もあつたのである。室町には、かうした念仏職人の中には、山伏しにあつたと同じく、敗残の土豪等も身を寄せてゐた。或は、山伏し同様、呪力・武力を以て、行く先々の村を荒し、地を奪うて住み著く様になつた芸奴出身の成り上り者もあつたらう。
上州徳川の所領を失うたと言ふ江戸将軍の祖先徳阿弥父子は、遊行派の念仏聖として、方々を流離した末、三河の山間松平に入つて、其処で入り壻となり、土地にありついて、家門繁昌の地盤を築
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