だ「清寿さんげ」の念仏物語から来た社会的幻想であらう。熊野比丘尼の一種に、清寿と言ふものがあつたらしい――白霊人書・水茎のあと――のだ。やはり歌念仏を語る女なるが故に、其詞章の上の、女主人公或は副主人公とも言へる人物其物と、信じられてゐたのだ。かうした論理の根拠を考へなかつた為、お夏実在説が信じられたのである。念仏衆のさんげ唱導に属する世間信仰の、ひよつくり現れたのだと言ふ事が知れる。
念仏衆が長文のさんげ念仏を語ることは稀になつた。同様に衰へて行つたものに、念仏の狂言がある。此をする地方は、まだ間々あるが。
沖縄では、日本の若衆歌舞妓をまねたものを、若衆《ニセ》(似せともとれる)念仏《ネンブツ》と言うた時代もあつた(伊波普猷氏の話)。あの島へは、念仏聖が早くから渡つてゐる。さうして、其持つて行つた芸道は、稍《やや》長篇の歌、順礼系統の哀れな叙事詩、唱門師関係のことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]の詞章、童子訓の様な文句、其他いろ/\残つてゐる。又|京太郎《チヤンダラ》と言ふ人形芝居があつた。柳田国男先生の考へで、念仏者の村は、浄土聖の行者の住みついたものと定つた。いづれにしても浄土の末流
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