験者は、山人に仮装し馴れた卜部等の、低級に止つた唱門師《シヨモジン》と同じ一つの根から出てゐた。修験者の仮装して戒を授ける山神は、鬼とおなじ物であつた。其を引き放して、仏家式の天狗なる新しい霊物に考へ改めた。だから天狗には、神と鬼との間の素質が考へられて居る。よく言ふ天狗の股を裂くと言ふ伝へも、身体授戒の記憶の枉《まが》つて伝つてゐるものらしい。
役[#(ノ)]小角が自覚したと言ふ教派は、まづ此位の旧信仰を土台にして、現れたものらしい。其に最初からも、後々にも陰陽道の作法・知識が交つたものらしい。
平安以後の修験道は、単に行力を得る為に修行するだけで、信仰の対象は疾くに忘れられてゐた。奈良朝以前の修験道と、平安のと、鎌倉以後の形式とでは、先達らの資格から違うてゐる。平安期には、験方の加持修法を主とする派の験者以外に、旧来の者を優婆塞《ウバソク》・山ぶしなどゝ言ひ別けた。さうして、両方ある点まで歩み寄つてゐた。鎌倉以後になると、寺の声聞身等が、優婆塞姿であり、旧来の行者同様、修験者の配下について、此方面に入る者も出来た事は考へられる。山伏しになつた中には、陰陽師と修験者とを兼ねた、ことほ
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