人の秘密を聴きたがるとの信仰と、若者の享ける成年戒の山ごもりの苦行精神とが合体してゐるのである。
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足柄の御坂《ミサカ》畏《カシコ》み、くもりゆの我《ア》が底延《シタバ》へを、言出《コチデ》つるかも(万葉巻十四)
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畏《カシコ》みと 告《ノ》らずありしを。み越路《コシヂ》の たむけに立ちて、妹が名|告《ノ》りつ(万葉巻十五)
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恋しさに名を呼んだのではなく、「今までは、身分違ひで、名をさへ呼ばずに居た。其に、越路へ越ゆる愛発《アラチ》山の峠の神の為に、たむけ[#「たむけ」に傍線]の場所で、妹が名を告白した」と言ふのである。
修験道の懺悔は、此意義から出て、仏家の名目と形式の一部を採つたのである。又、御嶽精進《ミタケサウジ》も、物忌みの禁欲生活で、若い人々の山籠りをして神人の資格を得る、山人信仰の形式から出たものと見る方が正しいのである。唯、女の登山を極端に忌んだのは、山の巫女(山姥)さへ択び奨めた古代の信仰とは違ふ様だが、成年戒を享ける期間に、女に近づけぬ形の変化なのだ。
山人の後身なる修
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