方角に發見して、實際の名としたのであつた。尖閣列島にも、舊王朝時代には神の島と眺められて居たものがあつた。
とにもかくにも最初は、死の常闇の國として畏怖せられて居たのが、其國の住者なる祖先及び眷屬の靈のみが、村の爲に好意を持つて、時あつて來臨するのだから、怖いが併し、感謝すべきおに[#「おに」に傍線]の居る國といふことになつて、親しみを加へて來る。一方には畏しさの方面にのみ傾いて、すさまじい形相を具へた魔物の來臨する元の國と言ふ風に思うた處もある。にいるすく[#「にいるすく」に傍線]は其だ。奥羽地方のなもみ[#「なもみ」に傍線]の類の化け物、杵築のばんない[#「ばんない」に傍線]等をはじめとして、おに[#「おに」に傍線]といふ説の内容推移に從うて、初春のまれびと[#「まれびと」に傍線]を惡鬼・羅刹の姿で表してゐる地方が多い。ところが、其等は年中の農作祝福に來るのであるから、佛説に導かれて變化した痕はありありと見える。節分の追儺に逐はれる鬼すら、やはり春の鬼としてのまれびと[#「まれびと」に傍線]の姿を殘してゐる地方が段々ある。幸福は與へてくれるのだが、畏しいから早く去つて貰ひたいと古代人の考へたまれびと[#「まれびと」に傍線]觀が、語意の展開と共に、之を逐ふ方に專らになつて來たからである。
代を經た祖先として、既に畏怖の念よりも、尊敬の方に傾いて來ると、男性・女性の祖先一統を代表する靈の姿が考へられて來る。其が祖先であると言ふ考へから、高年の翁・媼に想像せられたことが多い。だが、生殖力の壯んなことを望むところから、壯年のめをと[#「めをと」に傍線]神を思ひ浮べた例も多い。此夫婦神の樣式が神爭ひ・神|逢遭《ユキアヒ》などの物語・行事の上にも影を落して、雙方の神を男女或は夫婦として配する風が成長して來た。農作に關係のある神來臨が、初春といひ、五月と言ひ、多く夫婦神であることは、一面、婚合の儀式を行うて、作物を感染せしめようとする呪術を伴うてゐたものかも知れぬ。
其他の場合のまれびと[#「まれびと」に傍線]には、主神一柱の外は眷屬だけが隨うて、女性の神の來ないのが多かつたと思はれる。
まれびと[#「まれびと」に傍線]が人間化する最初は、恐らく新室のほかひ[#「新室のほかひ」に傍線]などであらう。まれびと[#「まれびと」に傍線]として迎へられた神なる人が、待遇は神にする樣式
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