#「おとづれ」に傍線]は、更に遲れて出來たものであらう。まれびと[#「まれびと」に傍線]によつて、ほかひ[#「ほかひ」に傍線]せられたいと思ふ心の起るべき時に、おとづれ[#「おとづれ」に傍線]する事になる訣だ。建築は今日から見れば、臨時の事らしく見えるが、前に言うた通りで、新造の時は定まつてゐたのである。私の考へる所では、婚禮の時・酒を釀す時・病氣の時の三つが擧げられると思ふ。尚一つ、不意の來臨を加へて考へることが出來よう。
婚禮にまれびと[#「まれびと」に傍線]の來ることは、由來不明の祓へ、竝びに其から出た「水かけ祝ひ」で察せられたであらう。我々の國の文獻は既に、蕃風を先進國に知られるを恥ぢることを知つた時代に出來たのである。だから、殊に婚禮も性欲に關した傳承は見ることが出來ない。唯我が國にも初夜權の行はれたことは事實であるらしい。讃岐三豐郡の海上にある伊吹島では、近年まで其事實があつた。又、三河南北設樂の山中では、結婚の初夜は、夫婦まぐ[#「まぐ」に傍線]ことを禁ぜられて居る。花嫁はともおかた[#「ともおかた」に傍線]と稱する同伴のかいぞへ女と寢ね、「お初穗はえびす[#「えびす」に傍線]樣にあげる」のだと言ふ。沖繩本島では、花婿は式後直に家を去つて、其夜は歸らない。都會では、式に列した友人と共に遊廓に遊ぶと言ふが、此には意味がない。花嫁を率寢《ヰネ》ないことは訣があるのである。
定例のまれびと[#「まれびと」に傍線]の場合を見ると、家の巫女として殘つてゐる主婦・處女はまれびと[#「まれびと」に傍線]の枕席に侍るのである。これが一夜づま[#「一夜づま」に傍線]といふ語の、正當な用語例である。沖繩で花婿が花嫁を率寢《ヰネ》ぬ第一夜の風習は、私は第二次の成女式だと考へてゐる。裳着と袴着とが、女と男と對立的に行はれるのは、實は成年式の準備儀禮であつた。男は成年の後、眞の成年式によつて、神人たる資格と共に、其重要な要素であつたところの性欲行使の解放を意味する標識を、村固有の形でもつて、からだの上にせられる。其が忘れられた後まで、若い衆入りには、性意識の訓練と、自在な發表とを與へられもし、行ひもした。
女の方でも、裳着以後も、眞の成女と認められるまでは、私にも公にも結婚は出來なかつた。女の側の破戒は、多くは男の力に由るのであるから、成女以前の女――後には月事のはじまり、又は
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