事をなさつた為に、地上の民の我々が、共同にこれだけの禍ひを受け、それでその為の贖罪、あがなひ[#「あがなひ」に傍線]をする、とかう言ふ風に思つてゐたのです。さう言ふ風に、昔の人は考へてゐたらしい。併し、その昔の人の考への、まう一つ先を考へて見ると言ふと、何故地上の民である我々が、贖罪しなければならないかと言ひますと、つまり、もとは霖忌であつたのを、一度天に上げて、それを地上へ降して来ると言ふ事になつて来た。難しくなつて来た訣です。
私はもう十年以上も前に、壱岐の島へ二度も行きました。そこでくさふるふ[#「くさふるふ」に傍線]と言ふ言葉を聞き、その時分、珍しい言葉だと思つてをりました。けれども、これは西日本では分布の広い言葉です。兎も角、壱岐の島で瘧《オコリ》――まらりや[#「まらりや」に傍線]です――に罹ることを、くさふるふ[#「くさふるふ」に傍線]と申してをりました。けれども、その時直に思ひ浮んだのは、くさふるふ[#「くさふるふ」に傍線]とくさつゝみ[#「くさつゝみ」に傍線]との関係です。関係がありさうに思ふだけで説明は出来ない。そこへ無闇に、聯想の赴く儘に任して材料を集めてをれば、
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