きはじめてゐる。娯しい春の野遊びもだめにならうとしてゐる。かうした村の人々の幾代の経験がある。表現の幾多の類型がある。
さう言ふ共有のいろごのみ[#「いろごのみ」に傍線]の心を潤すのに十分である。「おもしろき」一語に、黙会を予期してゐるのである。「をば」に愛惜を籠め、「おもしろき……な焼きそ」の二句を通じて、さうした境遇を理想化し、微かながら美意識に移して実感を柔げた、おほまかな調子を出してゐる。
此は、ある人のある時の痛感でなく、さうした境涯に同化して謡ひ娯しむ人々の間に、自ら孕《はら》まれて来る声であつた。三句四句への移り方なども、茅の帳・芝の毳《カモ》を夢みる様に、鮮やかでゐて、豊かな波をうつて進んでゐる。第五句なども、拍子は転換して結んでゐる。が更に緩やかになつて来てゐる。実感でなく気分だからである。
叙事的な――寧、劇的な民謡も多くある東歌の中に、今一面かうした気分本位の温かい、生活を美化したものもまじつてゐる。つまり、いやが上に刺戟して慰みを感じるのと、未来の世界の俤にも似た「あこがれ」と「やすらひ」との姿を寓した物とがあるのである。
此などは、ふる草を見ておもしろみ[#「
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