おもしろみ」に傍線]し、新草を目にして心をどりする生活のまだまる/\伝説化しない時代であつたればこそ、直に流れこんで来る内容を持つた歌なのだ。仄《ほの》かな軽い目くばせで相手の心を合点する。さうした柔らいだ理会から来てゐる無拘泥なのである。「今日はな焼きそ」と「……な刈りそね」とを両方から支柱にかつて、はじめて訣る程度のかすかなものになつてゐる。
此歌、又、何となくある恋情を暗喩するらしい様な気もする。古草と若草とを、老若の女又は男と見て、其若いのはよいが老いたのも棄て難い。かういつた類の解釈は、幾らでも試みられる。併し、どうも野を焼くと言ふ譬喩が、適当にはまる境涯が思はれない。
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ふゆごもり 春の大野をやく人は、やき飽かぬかも。我が心やく(万葉集巻七)
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などに比べると、譬喩と言ふべきものでもなさゝうだ。それよりもやはり、気分に深く入つてゐるので、今日からは、やゝ象徴的な印象さへ受ける。新草をいつくしんだり、ふる草をも共にあはれんだりする詩人式の情愛を寓する歌では、決してない。野を焼くことが、まだ実世界の経済生活に関係深かつた時代なのであ
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