といふのも、神殿が出来てゐるのではなく、空地になつてゐながら、祭りの時に、神の降りる所として、標の縄を張つて、定めてある所を言ふ。その縄張りの中には、柱が立てゝある。
日本紀を見ると、いざなぎ[#「いざなぎ」に傍線]・いざなみ[#「いざなみ」に傍線]の二神が、天御柱《アメノミハシラ》をみたてゝ、八尋殿を造られたとある。これ迄の考へでは、柱を択つて立て、そして、御殿を造つたとしてゐるが、みたてる[#「みたてる」に傍線]と言ふことは、柱にみなして[#「みなして」に傍線]立てる、と言ふ意である。仮りに、見立てるのである。此は、大嘗宮にも、伊勢皇太神宮の御遷宮の時にも、建築に関係のない斎柱《イムハシラ》(忌柱とも書く。大神宮の正殿の心《シン》の柱)と言ふものを立てゝ、建て物が出来た、と仮定してゐるのでも、この意味だといふことが、想像出来る。即、柱を立てると、建て物が出来た、と想像し得たのである。斎柱の立つてゐる所がやしろ[#「やしろ」に傍線]で、其処へ殿を建てると、やしろ[#「やしろ」に傍線]ではなく、みや[#「みや」に傍線]となる。神聖な方の住んでゐられる所は、みや[#「みや」に傍線]である
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