義は、遥かに後までも忘れられずにゐた。奈良盛時の大伴坂上|郎女《イラツメ》が、別れを惜しむ娘を諭して「常夜にもわが行かなくに」と言うたのは、海のあなたを意味したものとも取れるが、多少さうした匂ひをも兼ねて、其原義をはつきり見せたのである。宣長も、冥土・黄泉などの意にとつて、常闇《トコヤミ》の国の義としてゐる。常闇は時間について言ふ絶対観でなく、物処について言ふもので、絶対の暗黒と言ふ事である。此意味に古くから口馴れた成語と思はれるものに「常夜《トコヨ》行《ユ》く」と言ふのがある。かうした「ゆく」は継続の用語例に入るもので、絶対の闇の日夜が続く義である。
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皇后(神功)南の方、紀伊の国に詣りまして、太子に日高に会ふ。……更に小竹《シヌ》[#(ノ)]宮に遷る。是時に適《アタ》りて、昼暗きこと夜の如し。已に多くの日を経たり。時人常夜行く[#「常夜行く」に傍線]と言ふ。
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と日本紀にあるのは、此暗さを表すのに、語部《カタリベ》の口にくり返されたと思はれる、成語を思ひ合せて「此が昔語りの天窟戸の条に言ふ天照大神隠れて常夜行くと言うたあり様なのだ」と考
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