である。出石《イヅシ》びとの祖先の一人たるたぢまもり[#「たぢまもり」に傍線]が「時じくの香《カグ》の木実《コノミ》」を採りに行つたと伝へる常世の国は、大体南方支那に故土を持つた人々の記憶の復活したものと見る事が出来る。此史実と思はれてゐる事柄にも、若干民譚の匂ひがある。垂仁天皇の命で出向いた処、還つて見れば、待ち歓ばれるはずの天子崩御の後であつたと言ふ。理に於て不都合な点は見えぬが、常世の国なる他界と、我々の住む国との間に、時間の基準が違うてゐると言ふ民譚の、世界的類型を含んでゐる事を示してゐる。浦島子の行つたのも、やはり常世の国であつた。此物語では「家ゆ出でゝ三年のほどに、垣も無く家失せめやも(万葉巻九)」と自失したまでに、彼土と此国との時間の物さしが違うてゐた。浦島の話は、更に一つ前の飛鳥の都の頃に既に纏つて居たものらしいが、早くもわたつみの宮[#「わたつみの宮」に傍線]ととこよの国[#「とこよの国」に傍線]とを一つにしてゐる。海底と海のあなたとに相違を考へなくなった事は、前にも述べた通りである。
常世の国を理想化するに到つたのは、藤原の都頃からの事である。道教信者の空想した仙山
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