言ふ形をとつて後、昔の韻を失うて了うた事と思はれる。まれびと[#「まれびと」に傍線]の最初の意義は、神であつたらしい。時を定めて来り臨む神である。大空から、海のあなたから、或村に限つて、富みと齢と其他若干の幸福とを齎して来るものと、村人たちの信じてゐた神の事なのである。此神は宗教的の空想には止らなかつた。現実に、古代の村人は、此まれびと[#「まれびと」に傍線]の来つて、屋の戸を押《オソ》ぶるおとづれ[#「おとづれ」に傍線]を聞いた。音を立てると言ふ用語例のおとづる[#「おとづる」に傍線]なる動詞が、訪問の意義を持つ様になつたのは、本義「音を立てる」が戸の音にばかり偏倚したからの事で、神の来臨を示すほと/\と叩く音から来た語と思ふ。まれびと[#「まれびと」に傍線]と言へばおとづれ[#「おとづれ」に傍線]を思ふ様になつて、意義分化をしたものであらう。戸を叩く事に就て、根深い信仰と聯想とを、未だに持つてゐる民間伝承から推して言はれる事である。宮廷生活に於てさへ、神来臨して門におとづれ、主上の日常起居の殿舎を祓へてまはつた風は、後世まで残つてゐた。平安朝の大殿祭は此である。
夜の明け方に、中臣
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