が、今日の私どもの古代研究の上に、ほのかながら姿を顕して来る事は、さうした生活をした祖先に恥ぢを感じるよりも、堪へられぬ懐しさを覚えるのである。庶物の精霊に「媚び仕へ」をした時代に、私どもの祖先の生活に段々力を持つて来、至上の神に至る段階になつた神と、神の国との話をせなければならなくなつた。
くどいまでに、琉球の例をとつて来たのは、此話をすらりと通す為である。生物・無生物が、些《すこ》しの好意もなしに、人居を廻つて居る事を、絶えず意識に持つた祖先の生活を考へて見ればよい。古風土記には、いづれもさう言ふ活き物としての自然と闘うた暮し方の、後々まで続いてゐた事を示す幾多の話を書きとめてゐる。記録に載つて、私どもに最遠い「古代」を示す祖先たちは、海岸から遠ざかる事を避けた村人であつたと思はれる。山地に村を構へた人々の上は、今語る古代には、まだ現れなかつたのである。記録の年立《トシダテ》に随ふなら、神武以前の物語をする事になる。
八 まれびと[#「まれびと」に傍線]のおとづれ
祖先の使ひ遺した語で、私どもの胸にもまだある感触を失はないのは「まれびと」といふ語である。「まらうど」と
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