ものでない、其をなぞつて、内容を持つて来たといふやうなものが、沢山あるやうに思ひます。日本の古代の恋愛――古い時代の万葉集、或は其よりもつと古い日本紀に載つてゐる恋愛の歌といふものは、多くはほんとうの恋愛の歌ではありませぬ。かう申しますと、万葉集愛好者等が非常に失望するかも知れませぬが、事実は、ほんとうの恋愛の歌ではないのです。其に就て話をして見たいと思ひます。
前述の様に、多くの人々は、其らを一種の恋愛の実感として見たのですが、実は皆一つの空想、いや空想といふより、寧、生活から生れて来た一つの形式に過ぎないのです。譬《たと》へて見ますれば、三角関係といふ様なものは、沢山ある。万葉にも沢山あります。或は二人の男が、一人の処女を争ふ。或は多くの男が一人の処女を争ふ。或は二人の処女が一人の男を争つたらしい歌もあります。また沢山の男の争ひに堪へられないで、死んでしまふ処女もあります。併し、中には、下総の真間《マヽ》の手児奈《テコナ》といふ様な女がありますが、――あの辺はもと/\さう言ふ女が多かつたと見えまして、只今も其話が残つて居りますが――無限に男の要求を受け容れて居る。さういふ様な女もあ
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