、踏みこんで了うてゐる。しんみ[#「しんみ」に傍点]になつて教へた、数百人の学生の中に、一人だつて、真の追随者が出来たか。私の仮説は、いつまでも、仮説として残るであらう。私の誤つた論理を正し、よい方に育てゝくれる学徒が、何時になつたら、出てくれるか。今まで十年の講座生活は、遂に、私の独り合点として、終りさうな気がする。唯珍らし相な主題、伝襲を守るを屑《いさぎよ》しとせぬ態度、私の講義は、かうした意義で、若い人気を、倖に占め得た事もあるに過ぎない。兄の理会のない身びいきも、結句、あり難く思はれて来る。
でもまだ/\、兄のうへを越す無条件の同情者が、尠くとも一人は、健在してゐる。前に述べた叔母である。私の、此本を出さうと決心した動機も、この人の喜びを、見たい為であつた。だから第一本は、叔母にまゐらせるつもりである。叔母は必、かこつであらう。かういふ、本の上に出た、自分の名を見ることのはれがましさの、恥ぢを言ふに違ひない。兄が、かうなると思はぬ先から、私の考へてゐた事なのである。叔母に捧げる志は、同時に、兄の為の回向にもなつてくれるであらう。
学問の上の恩徳を報謝するためには、柳田国男先生に
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