統に執する必要のない町人の家庭では、あきらめも早い。それだけに、目上の人々の頑に主張する事をやめてくれたのをよいことにして、其幼い望みを、満足させる気になれない、私の生活気分が寂しまれる。
私は、家びとの望みを卻《しりぞ》けて、国学院に入り、又、そこを出てから二十年、長い扶養を、家から受け続けた。兄も段々あきらめて、私の遊び半分の様な為事の成長を、待ち娯む気になつて居たらしい。「世間的に、役にたゝぬあれ[#「あれ」に傍点]の事だから、一生は、私が見てやります。」こんな事を、親しい隣人たちには、時々、言ふ事もあつた様で、せんもない[#「せんもない」に傍点]私の為事を、無言の柔和な眦で、瞻《ミ》つめて居てくれた。世間から見れば、まことに、未練・無知なひいき[#「ひいき」に傍点]に過ぎなかつたのである。私の一生を、後見るつもりでゐた兄の心が、今では却つて、はかないものになつて了うた。
けれども、兄ひとりが、寂しかつたのではない。私とても、一族を思ひ、身一己を思ふと、洞然とした虚しい心に、すう/\と、冷い風の通ふ様な気がしてならぬ。私の学問は、それ程、同情者を予期する事の出来さうもない処まで
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