献るのが、順道らしく考へないではない。でも、その為には、もつと努力して、よい本を書いてからにせねばならぬ気がする。其ほど、先生の学問のおかげを、深く蒙つてゐるのである。先生の表現法を摸倣する事によつて、その学問を、全的にとりこまうと努めた。先生の態度を鵜呑みして、其感受力を、自分の内に活かさうとした。私の学問に、若し万が一、新鮮と芳烈とを具へてゐる処があるとしたら、其は、先生の口うつしに過ぎないのである。又、私の学問に、独自の境地・発見があると見えるものがあつたなら、其も亦、先生の『石神問答』前後から引き続いた、長い研究から受けた暗示の、具体化したに過ぎないのである。
其ほど、先生の学問の領域は広く、さうして、深く人を誘惑せずには居ないものである。私は、此学問の草分けに、かうした人を得た、日本の民俗学のさいさき[#「さいさき」に傍点]のよかつた事を思ふ。さうして、不肖ながら、其直門として、此新興の学徒の座末に列する事の出来た光栄を、不思議とさへ考へることがある。今では、先生の益倦まぬ精励が、我々の及ばぬ処までも、段々進んで行つて居られ、新しく門下に参じる人たちも、殖えてゆく一方である。
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