為の解説のないことを、不審に思うて頂かねばならぬ事になつたのが多い。さう言ふ図は、出板当時の作者の心を唆り立てたものである。二冊のどれかに、大なり小なり関係のありさうな物を用意して置いたところが、其図に関係した文章が出ずじまひになつたり、思ひ違へから、とんだ場処に挿んだりして了うたのである。
「たぶ」の写真の多いのは、常世神の漂著地と、其将来したと考へられる神木、及び「さかき」なる名に当る植木が、一種類でないこと、古い「さかき」は、今考へられる限りでは、「たぶ」「たび」なる、南海から移植せられた熱帯性の木である事を示さう、との企てがあつたのだ。殊に肉桂たぶと言はれる一種が、「さかき」のかぐはしさを、謡ひ伝へるやうになつた初めの物か、と考へたのである。殊に、二度の能登の旅で得た実感を、披露したかつたのである。此側の写真は、皆藤井春洋さんが、とつてくれたのである。
文学篇の扉の処に出した「八百比丘尼」の石像は、四年前の正月、伊豆稲取のれふし[#「れふし」に傍点]町で見つけたもので、おなじ本の中にある房主頭の「さいの神」、帳面をひろげた女姿の「さいの神」らしいものとの間に、すゑてあつたのであ
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