を以て、整然たる論理の径路を示して居られ、さうして度々、其形式や結論において、世界の宿老教授を凌ぐ研究をすら、発表してゐられる。私は、かうした努力に対して、虔しい羨みを、常に抱いてゐる。だが、性格的に、物の複雑性――よい意味ばかりでなく――を見る私は、一行の読書にも、数項の旁線を曳かねばならぬほど、多くの効果を予期する暗示を感じる。其で、一冊の書物を読み上げる事が、非常な努力であつた時期がある。先生の勧めによつて、読書法を改めた頃の事であつた。さうして、引いた旁線の部分を、かあど[#「かあど」に傍線]に収める事が、亦、容易ではなかつた。その頃はまだ、記憶も衰へなかつた。唯さへ遅読の私は、かうした方法を採つた為に、本の内容に、深入りし過ぎた。読みで[#「読みで」に傍点]はあつても、読み量《ガサ》の少い方法に甘んじる様になり、ひき出しの摘要書きの範囲の広く及ばないのに焦《ヂ》れて、遂には、かあど[#「かあど」に傍線]の記録を思ひ止る様になつた。其以来唯、記憶及び記憶の下づみになつた、数多の知識の印象の、随時の活動に、たよる様になつて来た。だが、今は読書の印象も段々薄らいで、改めて、かあど[
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