べて、無雑作に捏ち上げられたものであつてはならぬ。全体に鳴り響く生命を持つたものでなければならぬ。
古語と口語との発想や変化に就いて、周到な観察をして、其に随応するやうな態度を採るべきである。唯古語を用ゐることについては、一度常識者流の考へに就いて、注意を払ふ必要がある。彼等は、かういふ妄信を擁いてゐる。われ/\の時代の言語は、われ/\の思想なり、感情なりが、残る隈なく、分解・叙述せられてゐるもので、あらゆる表象は、悉く言語形式を捉へてゐると考へてゐるのである。けれども此は、おほざつぱな空想で、事実、言語以外に喰み出した思想・感情の盛りこぼれは、われ/\の持つてゐる語彙の幾倍に上つてゐるか知れない。若し現代の語が、現代人の生活の如何程微細な部分迄も、表象することの出来るものであつたなら、故《ことさ》らに死語や古語を復活させて来る必要はないであらうが、さうでない限りは、更に死語や古語も蘇らさないではゐられない。反対の側から、此事を考へると、はやり語[#「はやり語」に傍点]の非常な勢で人の口に上るのは、どうした訣であらう。我々の言語が、現代人の思想感情を残る隈なく表象してゐるものとすれば、
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