のしろごろも[#「みのしろごろも」に傍線]と言うたは、後の事である。みのしろかみ[#「みのしろかみ」に傍線]になり、文章でみのしろごろも[#「みのしろごろも」に傍線]と言ふ様になつた。
我々の国では、殆最初の伝説から、藁人形と凶悪との関係は言はれて居る。藁人形と怨霊との関係は、近代になつて、突如として考へ出されたものではない。
近世の例で言ふと、宇和島騒動のやんべ[#「やんべ」に傍線]清兵衛は、田植ゑの時に、蚊帳の中で殺されて居る。此話には、手足の自由にならない事が、印象せられてゐる。又佐倉宗吾郎も、死んで稲虫になつたと言はれてゐる。其事から出発して、宗吾の霊が祀られるに至る、史実らしいものが考へ出されもしてゐるのだ。
更に不思議な事は、壱岐の島に於ては、熊治右衛門以下三人の兇徒が、刑死して居るが、其は明治少し前の事で、伝説でも何でもない、明らかな事実であるにも拘らず、此にも、稲虫になつた話がついて居る。
とにかく、農村の生活に於ては、稲虫――其他、田の凶害――と怨念、或は刑罰とは、常に一続きに、聯想せられたのである。其で、佐倉宗吾郎の如き義人を考へると同時に、熊治右衛門の如き悪徒すら
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