「花に」と云ふ副詞がある。はなづま[#「はなづま」に傍線]・はなにしもはゞ[#「はなにしもはゞ」に傍線]の如きものである。見たゞけの妻――妻でありながら、手も触れられない妻と云ふのが、花妻である。萩の花妻と言ふのは、普通の解釈では、萩の花は鹿の花妻で、鹿の連合ひと言ふのだとして居るが、落着かない考へだ。萩の花と鹿とはくつゝいて居るが、ほんとうの妻ではない、と言ふしやれ[#「しやれ」に傍点]があるのであらう。
[#ここから2字下げ]
足柄《アシガリ》の箱根の嶺《ネ》ろのにこ草の 花妻なれや、紐解かず寝む(万葉巻十四)
[#ここで字下げ終わり]
は、花妻なれば知らぬこと、花妻でないから、紐解かずに寝られないと言ふ意味である。花妻の「花」と言ふのが、古い語の意味に近い。手の触れられない妻、見るだけの妻と言ふ意味である。即、処女である間の女である。「花に」と言ふ語は、もろく[#「もろく」に傍線]・あだに[#「あだに」に傍線]・いつはりに[#「いつはりに」に傍線]・上べだけ[#「上べだけ」に傍線]の意味になるが、実は「花に」は、今の語では解けないのであつて、前兆はかうであつたが、結果はかうだめ[
前へ
次へ
全38ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング