処に蔵つてあるとも、家族さへ知らぬ木具類が、時あつて忽然として、とり出されて来る。さうした事実をくり返し見て居る中に、椀貸しの考へは起つて来る。水の神から与へられた家の富み、其一部としては、数多い膳椀。水の神から乞ひ受けた物と言ふ風に考へる外はない。此が、稀に出現する様を見た迄は、事実であり、古代式の生活をくり返した農村全体の経験の堆積であり、疑問の歴史でもあつた。
かういふ経験が、記憶の底に沁み入つて、幾代かを経る。すると、さうした農村の大家の、富みの標となる財貨《タカラ》を、挿話にして、逆に、其家の富みの原因を物語る話に纏つてゐた。廉々《カド/\》は旧い伝説の型に嵌つた説明で、現実を空想化してゐる。膳椀の忽然と出て来る理由を、時をきめて、水の精霊から借り出すと考へた事実に即した想像と、逆に精霊の助力を受けた者に考へ易い最後の破綻の聯想とが、同時に動いて来る。さうして其中間に、器具紛失・損傷の古い記憶が蘇つて来て、伝説らしい形が整ふ。すると又、紛失とするよりも、神・精霊を欺く人間の猾智の型で説明する合理欲が、此話を、一層平凡な伝説の形に、整頓して了つたのである。
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