は、唯の塚にまで、推し及したものと思ふ。私は、やはり水辺の洞穴や、淵などの地下水の通ひ路と考へられる処を言ふ方が、元の形に近いのではないかと思ふ。
膳椀何人前と書いた紙を、塚なり、洞なり、淵なりへ投げこんで置くと、其翌日は、必註文どほりの木具の数を揃へて、穴の口や、岩の上などに出してあつた。或時、借りた数だけ返さなかつた事があつて以来、貸してくれなくなつた、と言ふ結末が必、ついてゐる。此椀の貸し主は、誰とも言はぬ伝へが多い。中にはつきりしてゐるのは、龍宮といひ、河童・狐を言ふものである。狐でゞもなければ、そんな不思議は顕されないと考へたのは、水に縁のない山野の塚には、時々狐の出入りするのを見かけることのある為である。
今もあることだが、昔ほど激しかつた。一年に一度、数年に一度の客ぶるまひの為に、何十人前かの木具を揃へて蔵して居る家が多かつた。中には、一代一度など言ふのさへ、上流社会にはあつたものである。此話の、さう近代出来でない様子から見ても、小まへ[#「小まへ」に傍点]百姓などが、木具の膳椀で、客をする夢も見なかつた頃にも既にあつたらしいことは、鑑定がつく。其では、その前の漆塗りの木
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