それを補足しよう――「たなばた[#「たなばた」に傍線]にわが貸すきぬ」などいふ歌が、此である――といふ、可憐な固有の民俗さへ、見られるではないか。だから、この日が、水上の祭りであることの疑念も、解ける訣である。
中尾逸二さんの郷里で行はれた「なのか日」の行事が、又一面、たなばた[#「たなばた」に傍線]祭りの面影を見せてゐる。他から来る神を迎へる神婚式即、棚機祭り式で、同時に、夏秋の交叉を意味するゆきあひ[#「ゆきあひ」に傍線]を、男《ヲ》神・女《メ》神のゆきあふ祭りと誤解し勝ちの一例を見せてゐる。すべての点から見て、たなばた[#「たなばた」に傍線]祭りは、霊祭りと、本義において、非常に近い姿を持つてゐる。

     二

七夕から盆へ続く間には、わが国の民俗の上に、意味のある行事が多くあつた。其中、最注意せられるのは「生き盆」即「いきみたま」の祭りである。この頃、聞く事甚稀になつたが、以前は盛んであり、此に関する文献も、可なり古く、溯れる様に思ふ。室町の頃から見える「おめでたごと」と、一つ行事である。
我々の過去には、正月の「おめでたう」の上に、今一度「おめでたう」を盆に唱へて、長上
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