、表現する語をのり越えて、溢れてゐるやうにすら見える。其結果心剰つて語及ばず、とでも評せられさうな所のあつた人だが、堀君の之に対する触れてゆき方には、変つたものがある。少年の日から愛著した信濃の土地――それへ来ないで、その山国に暮す夫を待つてゐる都女としてばかり、作者を手放して置くことの出来なくなつた堀君は、古い魂の因縁を説いてゐるのである。更級の女は其未生以前、既に一たび世に現れて、「わが心なぐさめかねつ。更級や、姨捨山に照る月を見て」あの古歌を詠んで過ぎた、過去の人でもあつた気を起させられる。小説を読む人たちの中にも、やはりさうした作家につき添ひ、作家に先立ちして行く、読みの深さを持つた人の出て来ることが必要である。でないと、いつも作家ばかりが進んでゐて、読者は、その啓蒙を受けて行くばかりである。堀君のかう言ふ作物群に触れると、もうさう言ふ読者も出て来てよいと思ふ。
堀君は、自分の親しい信濃に、作者の生活をも立ちまじらしたかつたのだ――かう言つてゐるが、私どもにはも一つ、その心の底に、しづいて[#「しづいて」に傍点]輝くものゝあるのが見える。若い時から愛読してゐた更級日記の女が、段
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