つてゐない。だが、「新室ほがひ」の式は、必家あるじの外に主賓として臨む其家にとつては、尊敬すべき家の人が迎へられる。さうして其人が、「新室」を祝福する呪言を唱へ家の中を踏む。其外に舞ひ人としての家の処女又は婦人が、装ひを凝して舞ひ鎮める。其後、主賓は、其舞ひ人と「一夜づま」となる。かうした要点だけは、推察が出来る。なぜ、処女を主賓に侍らせるか、其は前期王朝の盛んな頃にも、既に、理会せられなかつた事であらう。
平安朝末から武家時代の中期にかけて、陰陽家の大事の為事の一つは、反閇《ヘンバイ》であつた。貴人外出の際に行ふ一種の舞踏様の作法で、其をする事を「ふむ」と言ふ。律の緩やかな脚を主とした一種の短い踊りである。支那の民間伝承と似ない点の少い我が風俗の中で、此などは殆ど類例のないものである。唯一外来説の根拠になつた范跋を起源とする説などは、到底要領を得ないものである。書物以外に似た俗はあるだらうと思ふが、此は在来の民間伝承を安倍・賀茂両家で採用したものと思ふ。外出の際に踏むに限つて居ないで、外出先でも踏む。家に還つても踏む。一種の悪魔祓ひの様に考へられて来たのである。此風は予め、悪霊の身に
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