日の様な緩くなかつた江戸期の学者すら、まれびと[#「まれびと」に傍線]を唯珍客と見て、一種の誇張修飾と感じて居たのが、現代の人々の言語情調を鈍らしたのである。
まれ[#「まれ」に傍線]は珍重尊貴の義のうづ[#「うづ」は罫囲み]よりも、更に数量時の少い事を示す語である。「唯一」「孤独」などの用語例にはいる様である。「年にまれなる人も待ちけり」など言ふ表現で見ると、まれびと[#「まれびと」に傍線]の用法は弛んでゐる様に見えるが、尚「年にまれなり」と言ふ概念には、近代人には起り易くないまれ[#「まれ」に傍線]を尊重する心持ちが見える。
軽薄者流を以てある点自任した作者自身、やつぱり「年にまれなる訪問」と言ふ民間伝承式の考へ方を、頓才問答の間に現してゐるのは、民族記憶の力でなければならぬ。おなじ恋愛味は持つて居ても、「わいへん」の方は空想である。民謡に歓ばれる誇張と架空と無雑作と包まれた性欲とが、ある自信ある期待を謳ひ上げて居る。此は物語で養はれた考へから、稀にはあり得る事と思うてゐた為であらう。まれびと[#「まれびと」に傍線]の用語例にぴつたりはまるのは、かうして獲た壻ざねでなければならぬ。
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