ず違うてゐるのは、時間観念に彼此両土に相違のない事である。常世の国と言はれた海のあなたの国の中には、わたつみ[#「わたつみ」に傍線]の国を容れなかつた時代があるのかとも考へる。けれども富みの方では、大いに常世らしい様子を備へてゐる。海驢《ミチ》の皮を重ねて居る王宮の様などに、憧れ心地が仄めいて居る。歓楽の国に居て、大き吐息《ナゲキ》一つしたと言ふのは、浦島子にもある形で、実在を信じた万葉人は、「おぞや此君」と羨み嗤ひを洩すのであらう。ほをりの―みこと[#「ほをりの―みこと」に傍線]の帰りしなに、わたつみ[#「わたつみ」に傍線]の神の訓へた呪言「此針や、おぼち・すゝち・まぢゝ・うるち」と言ふのは、おぼ[#「おぼ」に傍線]は茫漠・鬱屈の意の語根だから此鈎でつりあげる物は、ぼんやり[#「ぼんやり」に傍線]だと言ふ意と思はれる。うる[#「うる」に傍線]は愚かの語根だから、鈍をつり出す鈎だと言ふ説が当る。まぢゝ[#「まぢゝ」に傍線]のまぢ[#「まぢ」に傍線]はまづしの語根だから、日本紀の本註にもある通り、貧窮之本になる鈎だと説いてよい。(すゝ[#「すゝ」に傍線]はまだ合点が行かぬ)する事なす事、
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