れる地方は、かくの如き木の実の実る富みの国であつたのだ。けれど、此史実と思はれる事柄にも、民譚の匂ひがある。垂仁天皇の命で出向いたのに、還つて見れば待ち歓ばれる天子崩御の後であつたと言ふのは、理に於て不合な点はないが、此は常世の国と我々の住む国との時間の基準が違うて居る他界観念から出来た民譚の世界的類型に入るべきものが、かう言ふ形をとつたと見る事も出来る。浦島[#(ノ)]子の行つたのも、常世の国である。此は驚くべき時間の相違を見せてゐる。而も、海のあなたの国と言ふ点では一つである。此話は、飛鳥の都の末には、既に纏つてゐたものらしいが、既にわたつみ[#「わたつみ」に傍線]の宮と常世とを一つにしてゐる。海底と海の彼方とに区別を考へないのは、富みと齢との理想国と見たからだらう。
常世を一層理想化するに到つたのは、藤原京頃からと思はれる。道教の信者の空想する所は、不死・常成の国であつた。其上、支那持ち越しの通俗道教では、仙境を恋愛の浄土と説くものが多かつた。我が国の海の中の国に、恋愛の結びついたほをりの―みこと[#「ほをりの―みこと」に傍線]の神話がある。此が、浦島子の民譚と酷似して居るに拘ら
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