ろう。
二人の遍路は、君子の家に泊まったその日一日だけこの村に現われたものではなかったらしい。ほとんど二、三年にわたって、五、六回もこの村に現われ、たれか、この村に病人はいないかと尋ね、病人がないということを確かめると、そのまま村を去って行ったと言い、たまたま病人のあることを聞くと、それがどこの家であるかを確かめておきながら、その病家には姿を現わさず、そのまま隣村の方へ行ってしまったという。それが君子の家に病人があり、その病人が君子の母であること確かめて、泊まりこんだものであることが、父の死後村の人達の話で分かったということである。だからこの二人の遍路が当然父の死に関係のある怪しいものだと思わなければならないはずであるが、君子は祖母から、この二人の遍路が父を殺したのだ、というような話をすこしも聞いたことがないように思う。あるいは君子が忘れてしまったのかもしれない。それとは反対に父の死を肯定《こうてい》するような祖母の話が、君子の耳の底にかすかに残っている。
母は、東を向いておれと言えば一年でも東を向いている、西を向いておれと言えば三年でも西を向いていると言ってもいいほど従順で、まる
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